STORY
順調に見えていたころが、
いちばん動けなかった。
優秀と言われる人ほど、自分のことだけ後回しにする。その状態を、私はずっと自分でやっていました。ここに書いたのは、そこから抜けるまでにかかった時間の記録です。
十二点差で負けた日に、
言われた一言。
小学生のころは、いわゆる優等生でした。応援団長、騎馬戦の大将、リレーの選手、生徒会、野球のキャプテン。肩書きと一緒に、みんなの期待も背負っていました。
ただ、真面目に言われたとおりやっているだけ。自分ではそう思っていました。それでも役割は回ってきます。
小学校最後の運動会。結果は十二点差の負けでした。泣きながら帰った日に、言われたんです。「お前のせいで負けた」と。
えっ、と思いました。大将に推薦してくれたのは、みんなじゃないか。泥だらけで練習したよね。あの日々はなんだったんだろう。
人の評価って、こんなに簡単に変わるのか。そのとき決めました。自分は誰かの人生に携わるのは、やめたほうがいい人間なんだ、と。
背番号1のまま、
ショートを守っていた。
中学に入ると、何かに挑戦するたびに冷ややかな声が飛んできました。「しゃしゃってんじゃねーよ」。
そうか、前に出ると迷惑なのか。いつのまにかそう思い込んで、手を挙げるのをやめました。積極性を、自分で封印したんです。
野球では背番号「1」をもらっていたのに、最後はショートを守っていました。自分を信じきれないと、思うようなボールが投げられなくなる。プレーにそのまま出るんですよね。
言葉を探しているうちに、
連絡が途切れた。
人生の岐路で立ち止まっていた幼馴染に、私は何もできませんでした。
気の利いたことを言おうとして、言葉を探して、結局なにも渡せないまま。そのうち連絡が途切れました。
いま思えば、前に出ることを自分に許していなかったから、渡し方が分からなかったんだと思います。
言葉にならないまま止まっている人を、もう見送りたくない。いまの仕事を選んだ理由は、半分くらいここにあります。
自分の広告が街に流れても、
心は動かない。
広告代理店に入って、国内最大手の企業を担当する部署に配属されました。土日返上、泊まり込みでコンペ資料を作った時期もあります。
三年目には仕事も慣れて、結果も年収も上がっていました。担当した広告は、毎日のように街で見かけます。恵まれてるよな、と頭では分かっていました。
なのに、心が満たされない。なんなんだろう、これ。
あるとき腑に落ちました。成果って、全部が数字で返ってくるんです。露出、クリック、購入。その数字の先にいる人がどう変わったのか、そこだけが見えない。
コーヒー代は毎回自腹。
それでも通った。
社会人と就活生をつなぐサービスに登録してみました。並んでいるのは人事の方ばかりで、営業の自分に出せるものがない。絞り出したのが「あなたの夢・キャリアプランを教えてください」でした。
それでも、頼ってくれる学生がいました。始業前、昼休み、残業の合間、土日。近くのカフェに来てもらって話します。見栄を張ってコーヒー代を出すので、毎回赤字。でも、まったく気になりませんでした。
終わったあとに届く感想が嬉しくて、何度も読み返していました。そのうち欲が出てきます。就活生だけじゃ物足りない。相手が誰でも、その人の人生が前に進む関わりができるようになりたい、と。
年上の部下ができて、
三度目の壁が来た。
四年目、チームリーダーになりました。メンバーは年下の後輩と、他部署から異動してきた先輩社員。
先輩にどう関わればいいのか、分かりませんでした。指示を出すたびに、偉そうに思われたらどうしよう、と気を遣ってばかり。
そこで気づいてしまったんです。まとめ役になった途端につまずくの、これ初めてじゃないぞ、と。運動会も、中学も、同じでした。
血の気が引きました。このままだと三十代も四十代も、同じ場所で足踏みしている。その姿が、やけにはっきり浮かんだんです。
五万五千円で、
十五年が動いた。
このパターンだけは断ち切りたい。その一心で、コーチングを学び始めました。受けながら学べるスクールを選んで、資格を取りました。
セッションを重ねるうちに、思い込みが外れました。挑戦は誰かの迷惑じゃない。むしろ、誰かの勇気になる。
小学生のときから自分を縛っていたものが、するっと解けた。あの瞬間のことは、いまでもよく覚えています。
やっていることは、傍から見ればただの会話です。受講料は五万五千円でした。それで、十五年動かなかったものが動いた。
話を聞いていた人が、
先に辞めていった。
LINEヤフーに移るときも、条件に入れたのはコーチングに時間を割けるかどうかでした。給与でも役職でもなく、そこ。副業でコーチを続けているうちに、関わった人がやりたいことを見つけて、次々に会社を辞めていきます。
送り出す側の自分だけが、独立した経験を持っていない。安定した場所に止まっている気がして、ずっと落ち着きませんでした。
それで、独立しました。コーチ歴は七年、これまで八百人の話を聞いてきましたが、やっていることは変わりません。先生として上から教える形は取らず、同じループを先に抜けた人間として、隣で一緒に言葉を探します。
いま試しているのは、読んで終わりにしない形です。九十分の単発セッションと、三十日間の個別プログラム。動いて、反応を見て、迷ったら修正する。そこまで一緒にやります。どこまで踏み込めば人は実際に動くのか、確かめている最中です。
自分のことだけ、
学ぶ場所がない。
自分のことを後回しにする人が、本当に多いと思っています。仕事のことも、人のことも、あれだけ考えているのに。自分のことだけは、考える時間を取らない。
そして自分のことって、知っているようで、実はいちばん学んでいないんですよね。学校でも会社でも教わらないし、教材も講座もほとんどない。だから分からないまま、何年も悩み続けることになります。
それが、もったいない。悩んでいる人の多くは、力がないんじゃなくて、自分の力の使い方を知らないだけです。
すでに持っているものを、発揮できる場所をつくりたい。この場所は、そのためにあります。
これまでのこと
- 経歴
- 広告代理店 → LINEヤフー → 独立
- コーチ歴
- 7年
- 伴走実績
- 800人以上
価値観
自分だからこそできることをやる
人生の目的
新しい発見と、体験の繰り返し
自分軸
楽しいか、自分の本心か
続きは、毎日のほうに書いています。
考えていることは、その日ごとにこちらへ流しています。合いそうだと思ったら、どれかひとつ覗いてみてください。