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STORY

順調に見えていたころが、
いちばん動けなかった。

優秀と言われる人ほど、自分のことだけ後回しにする。その状態を、私はずっと自分でやっていました。ここに書いたのは、そこから抜けるまでにかかった時間の記録です。

01 Origin 期待を背負っていた

十二点差で負けた日に、
言われた一言。

小学生のころは、いわゆる優等生でした。応援団長、騎馬戦の大将、リレーの選手、生徒会、野球のキャプテン。肩書きと一緒に、みんなの期待も背負っていました。

ただ、真面目に言われたとおりやっているだけ。自分ではそう思っていました。それでも役割は回ってきます。

小学校最後の運動会。結果は十二点差の負けでした。泣きながら帰った日に、言われたんです。「お前のせいで負けた」と。

えっ、と思いました。大将に推薦してくれたのは、みんなじゃないか。泥だらけで練習したよね。あの日々はなんだったんだろう。

人の評価って、こんなに簡単に変わるのか。そのとき決めました。自分は誰かの人生に携わるのは、やめたほうがいい人間なんだ、と。

02 Seal 封印した

背番号1のまま、
ショートを守っていた。

中学に入ると、何かに挑戦するたびに冷ややかな声が飛んできました。「しゃしゃってんじゃねーよ」。

そうか、前に出ると迷惑なのか。いつのまにかそう思い込んで、手を挙げるのをやめました。積極性を、自分で封印したんです。

野球では背番号「1」をもらっていたのに、最後はショートを守っていました。自分を信じきれないと、思うようなボールが投げられなくなる。プレーにそのまま出るんですよね。

03 Regret 何も渡せなかった

言葉を探しているうちに、
連絡が途切れた。

人生の岐路で立ち止まっていた幼馴染に、私は何もできませんでした。

気の利いたことを言おうとして、言葉を探して、結局なにも渡せないまま。そのうち連絡が途切れました。

いま思えば、前に出ることを自分に許していなかったから、渡し方が分からなかったんだと思います。

言葉にならないまま止まっている人を、もう見送りたくない。いまの仕事を選んだ理由は、半分くらいここにあります。

04 Career 心が晴れなかった

自分の広告が街に流れても、
心は動かない。

広告代理店に入って、国内最大手の企業を担当する部署に配属されました。土日返上、泊まり込みでコンペ資料を作った時期もあります。

三年目には仕事も慣れて、結果も年収も上がっていました。担当した広告は、毎日のように街で見かけます。恵まれてるよな、と頭では分かっていました。

なのに、心が満たされない。なんなんだろう、これ。

あるとき腑に落ちました。成果って、全部が数字で返ってくるんです。露出、クリック、購入。その数字の先にいる人がどう変わったのか、そこだけが見えない。

05 Spark 兆しがあった

コーヒー代は毎回自腹。
それでも通った。

社会人と就活生をつなぐサービスに登録してみました。並んでいるのは人事の方ばかりで、営業の自分に出せるものがない。絞り出したのが「あなたの夢・キャリアプランを教えてください」でした。

それでも、頼ってくれる学生がいました。始業前、昼休み、残業の合間、土日。近くのカフェに来てもらって話します。見栄を張ってコーヒー代を出すので、毎回赤字。でも、まったく気になりませんでした。

終わったあとに届く感想が嬉しくて、何度も読み返していました。そのうち欲が出てきます。就活生だけじゃ物足りない。相手が誰でも、その人の人生が前に進む関わりができるようになりたい、と。

06 Loop 正体が分かった

年上の部下ができて、
三度目の壁が来た。

四年目、チームリーダーになりました。メンバーは年下の後輩と、他部署から異動してきた先輩社員。

先輩にどう関わればいいのか、分かりませんでした。指示を出すたびに、偉そうに思われたらどうしよう、と気を遣ってばかり。

そこで気づいてしまったんです。まとめ役になった途端につまずくの、これ初めてじゃないぞ、と。運動会も、中学も、同じでした。

血の気が引きました。このままだと三十代も四十代も、同じ場所で足踏みしている。その姿が、やけにはっきり浮かんだんです。

07 Unlock 書き換わった

五万五千円で、
十五年が動いた。

このパターンだけは断ち切りたい。その一心で、コーチングを学び始めました。受けながら学べるスクールを選んで、資格を取りました。

セッションを重ねるうちに、思い込みが外れました。挑戦は誰かの迷惑じゃない。むしろ、誰かの勇気になる。

小学生のときから自分を縛っていたものが、するっと解けた。あの瞬間のことは、いまでもよく覚えています。

やっていることは、傍から見ればただの会話です。受講料は五万五千円でした。それで、十五年動かなかったものが動いた。

08 Now いま試していること

話を聞いていた人が、
先に辞めていった。

LINEヤフーに移るときも、条件に入れたのはコーチングに時間を割けるかどうかでした。給与でも役職でもなく、そこ。副業でコーチを続けているうちに、関わった人がやりたいことを見つけて、次々に会社を辞めていきます。

送り出す側の自分だけが、独立した経験を持っていない。安定した場所に止まっている気がして、ずっと落ち着きませんでした。

それで、独立しました。コーチ歴は七年、これまで八百人の話を聞いてきましたが、やっていることは変わりません。先生として上から教える形は取らず、同じループを先に抜けた人間として、隣で一緒に言葉を探します。

いま試しているのは、読んで終わりにしない形です。九十分の単発セッションと、三十日間の個別プログラム。動いて、反応を見て、迷ったら修正する。そこまで一緒にやります。どこまで踏み込めば人は実際に動くのか、確かめている最中です。

Why この場所をつくっている理由

自分のことだけ、
学ぶ場所がない。

自分のことを後回しにする人が、本当に多いと思っています。仕事のことも、人のことも、あれだけ考えているのに。自分のことだけは、考える時間を取らない。

そして自分のことって、知っているようで、実はいちばん学んでいないんですよね。学校でも会社でも教わらないし、教材も講座もほとんどない。だから分からないまま、何年も悩み続けることになります。

それが、もったいない。悩んでいる人の多くは、力がないんじゃなくて、自分の力の使い方を知らないだけです。

すでに持っているものを、発揮できる場所をつくりたい。この場所は、そのためにあります。

Facts これまでのこと

これまでのこと

経歴
広告代理店 → LINEヤフー → 独立
コーチ歴
7年
伴走実績
800人以上

価値観

自分だからこそできることをやる

人生の目的

新しい発見と、体験の繰り返し

自分軸

楽しいか、自分の本心か

続きは、毎日のほうに書いています。

考えていることは、その日ごとにこちらへ流しています。合いそうだと思ったら、どれかひとつ覗いてみてください。